「運命を変えるとは、人生をかけること」
「大自然」は言う、ご神示をする、絵姿をいただく、そのことで実行する、実行しない、どちらを選択したとしても、「大自然」によってさせられている。
そこではっきり言えるのは、「実行しなければ『業』の通り生きていくこになる」
運命を「変える」「変わらない」、それは自分自身の生き方であって、どのように生きるかはすべて自分自身の責任である。
なぜなら選択肢は、自分の心の中(考え)にあり、「その心を使っているのは、誰であるか?」ということだけである。
いつも言うが(大自然)、「心はお前、お前、お前、一人ひとりのものである。
生きることを止めるには、この世から『さよなら』するしかないのと同じで、『実行する』とは絶えず、『ご神示』をして、日々努力を積み重ねてやっていくことである」
一度や二度の「ご神示」(絵姿)で、それを実行し、良くなったとしても、それは表面的(権)なことで、次の、また次の「ご神示」(絵姿)をしながら実行しなければ、「大自然」の導きである「運命を変える」(実)にはならない。
大自然は言う、「大自然の法則」に触れさせて頂いて生きていくから「善」に導いて頂き、善いことが多くなる運命に進んでいける。
しかし、「大自然の法則」に触れなくなった時点で、元の「業」の生き方に、直ぐに変わる。(ご神示、絵姿のない状態)
(病気、癖、欠点、苦など、預かって頂いたものが元の状態に戻る)
それは、「大自然」の「霊」(観能)を受けさせて頂き、「観応」を受けさせて頂いている力・智慧を頂くのを、自分で止めて、大自然を無視してしまうからである。
また、ここでワシ(大自然)がはっきり言っておこう、もしも「『大自然の法則』(当来佛の教え)を少しでも間違った教えに変えたならば、大自然の教えではない」と。
(亜流の教え、変形した教え、偏った教え:正教ではない教え)
「大自然の法則」教えによらないと、運命は変わらない。
「運命を変える」とは、正教(正しい教え)により自分の人生を懸けて変えていくものである。
それほど重く、重要な作業である。

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