「大自然の法則を学ぶとは」
あなたは、形而上学という学び、目には見えない心の学びを、真剣に学びたいと心から思っていますか?
あなたは、「どのような目的で形而上学を?」「どのような気持ちで形而上学を?」学んでいきたいと思っていますか?
「大自然の法則」が存在すると知った、その時から「学び」が始まる。
「法則」とは、決まりであるが、単なる決まりとは違う。
大自然の決まりとは、知識の量、解釈の仕方、捕らえ方、実践の仕方、その時々の心が関係し、結果に善、悪の違いが出現する。
人は日々の人間関係すなわち、他人と接することでサイコロボール(言葉、態度、目の動き)を受け取り(感情)、自分自身の感情が喜、怒、哀、楽、愛、悪(にくしみ)に動く。
その感情をどのように受け取り、また動かすか?で、相手とのやり取りが変わっていく。
何かを言われた時、何かの態度を見せられた時、それに対し、あなたなら、どのように心で受け留め、喜怒哀楽、愛、悪のどのボールを返しますか?
そこで「大自然の法則」に、正しく照らして考え、何を、どのように、いつ返したらよいか?考える。
いつも通りなら、相手を怒らせてしまい、自分自身も嫌な思いをするかもしれない。
その時、「大自然」の力と智慧を正しくいただく。(当来佛の出現)
大自然の霊「観能」を、細かく、丁寧に受けさせていただき、「観応」させていただく(ご神示、ご説法)。さらにそれを、日々繰り返す。
相手の思い、意図と相手の後ろに控え、させておられる「大自然」の意図(御意趣)を考える。(さとり)
すると、あなたの対応、反応の仕方が変わって来る。
結果、相手を怒らせることなく、自分自身も嫌な思いをせず出来、相手と上手くやっていける。
そうすると相手と自分との関係、双方の運命が瞬時に変わるのではないか?
目に見えない心の動き、先の見えない未来の生き方を学ぶ、それが「大自然の法則」である。
人には、この世に生まれたと同時に、過去世の「宿命」というものがある。
その宿命をどのように生きるかが、今世の運命である。
その運命を、業に流されずに、今、今後どのように生きるかは「自分自身の心」にある。
運命を「善」に導いてくださるのは「大自然の法則」(再出現)である。
そして法則をさらに知り、どこまでも遵う自分の「心」である。


コメント