「家族だから、起(怒)こっていく?」
あなたは、親(義理)、夫や妻、子供、そして、兄弟・姉妹(義理)などに対して、「何あれば(お願い事)、手伝いをさせて…」「困ったことがあれば、助けるよ」という、「何か役に立ちたい」気持ちを常に持っていますか?
それとも知らぬ顔で、やり過ごせますか?
また「役に立ちたい」という気持ちが心に湧いてくる、「させて頂かなくてはならない」という気持ちにさせられるのは、あなたが「家族」の一員であり、縁あって結ばれ、絆(結婚)を持つことになったからではないでしょうか?
家族になる、家族であるとは、義理や再婚の関係であろうと、因縁の類、前世からの繋がりの結果と言われている。
共に寝て、起きて、食べて…を繰り返す内に、誰もが「特別な心(良好、嫌悪)」を持つことになっていく、それが「家族」というものではないでしょうか?
何も問題や衝突がないと、「ここ(家族)で、大丈夫かな?」「(関係は)上手く出来ているかな?」など、心配する気持ちを持つ、考えるのも「家族」であるからではないでしょうか?
そして、言葉では言い表せない「情」を心に持つことになり、そのことで「喜怒哀楽、愛悪」の感情があからさまになり、互いが遠慮なく感情をぶつけるが為に家族関係が「善い」「悪い」のどちらかに分かれことにもなっていく。(業)
家族を思うが故に、色々なこと(好き、嫌い)が起こっていくのである。
また、社会生活(職場)でも家族との写し絵になっていることを忘れてはならない。(合わせ鏡)
大自然は言う、家族とは自分の持って生まれた宿命(自己の住位)の結果であり、それが生き方の「元(原点)」になり、いつもその場から運命が始まっていくのであり、生きている限り、家族から逃げることは不可能なのである。
それ故に、自分の運命を「善」(ご神示)にするためには、「家族」とは、なくてはならない存在(磨き砂)でもあるのである。
家族のために「生きる」、また自分は家族のお蔭で「生かされている」という真実も考えなくてはならない。

コメント