「目には見えなくても、罪になる?」
人とのつながりとは、家族、友人、同僚など、他者と血縁や地縁、社会的に結びついている状態で、心で信頼し、助け合い、感情や知識、ものの共有などをすることが人間関係ではないでしょうか?
本来、人は長い間、周りにいる人たちを大切に考え、お互いがお互いを思い合い、もので助け合い、知恵を教え合い、心を分かち合いながら共に生き、喜びも、楽しみも、そして哀しみ、苦しみも同じように味わってきたのである。
しかし、そのような生き方が、今忘れ去られるようになり、人同士が成績で競い合い、戦って物を奪い合い、言葉で騙し、地位、財産を作り上げるなど、人と人とが常に戦ってきているのである。
その結果、本来の人間の「心
が失われることになってきている。
(物は豊かになったが、心が不幸になっている)
大自然は言う、「心」のつながりを無くして、本当に豊かになれるであろうか?
人として「謙譲」「融和」「協力」「相互扶助」そして「感謝」の心を忘れてはならない、頂いた「恩」は返さなくてはならない。
また、人が人と競い合って、相手を貶めるなどして、奪い合い、たとえ勝ち取ったとして自分自身に、本当の喜びが残るだろうか?
そのようにして争って、名声や高い地位や巨大な財産などを手に入れたとしても、その先にあるのは、「孤独」であり、心の病へとつながるのである。
(幼児虐待など気が狂った行為:エプスタイン事件)
「大自然の法則」は、法則通りに人を裁かれることを知っていますか?
あなたは、知っていますか?人の心を傷つけることを、法則は「見逃さない」ことを。
心の状態は目には見えないから、他から気が付かないだけですが、それは許されないことなので、必ず裁き、制裁、戒めがあるのです。


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