「病は気から(心)!」
あなたは、人物や物事(出来事)、人の感情に心が強く捉われ、今もそこから離れられない気持ちを持っているようなことはありませんか?
例えば、過去に起こった虐め、幼児期の虐待、親族の相続争い(お金)、また失恋愛、地位など奪われた等に対して、許せない気持ちから相手(家族)を恨み、憎しみを持つなど、そして今もそれに固執していたりしていませんか?
つまり、喜怒哀楽、愛悪の「怒」や「悪」の感情です。
その奪われた「恐れ」、満たされなかった「寂しさ」、心の「不安」、失った「所有欲」や「こだわり」が忘れられず、執著(執着)していることで、自分の心が囚われ、自分の気持ちを傷つけているのではないでしょうか?(煩悩)
「やられた」という、被害意識が強く、心が偏狭になり、正常な判断が出来なくなる。
反対に、問題なのは「やってしまった」ことに、加害者である本人が気付いない場合もある。
これは別な意味で、自分は正しい、間違っていないと相手や周囲に対して不満を持つ、これも偏狭な考え方をしているためである。
それは傲慢であり、慢心で、支配欲が強く、面子を持ち、我慾などである。
大自然は言う、人間間の出来事はすべて「させられて」いる。人を恨み、人に対して憎しみ、不満を持つ前に、「何故、起こったのか?」を考えなくてはならないのではないか?
今、起こっている事(貧、病、争)は、全て、自分がこれまで行ってきたこと(原因)であり、報い(結果)としての「知らせ(合図)」なのである。
また、恨み、憎しみ、不満を持つので「心が病み」、それを手放さなければ、やがて後に身体の病(戒)となるのである。
心の病みと身体の病みは共通する。「100%である」(当来佛)
病気の数は三大疾病(癌、心筋梗塞、脳卒中)を始め、1万種類もあると言われている。
それはすべて、心の在り方、考え方に起因する。
「今、病気の数、病人の数が多いのは、心の病気からである」(当来佛)
要するに、病を治す、治さないかの「元」は、自分自身の心の中に潜んでいるのである。
心が直らないと、病気も治らない。


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