「拘りを、捨てられますか?」
あなたは、人から嫌な思いをさせられたこと、傷付けられたこと、差別されたこと、勘違いされたこと等、何か心に残っていて忘れる事が出来ない事はありませんか?
また、そのことで恨み、憎しみ、劣等感、差別意識となり、今も心の中で持ち続けていることはありませんか?
確かに、自分にとっては苦しい思いをした哀しい出来事ではあったけれど、その気持ちを持ち続けていくことにより、今度は、自分の心が腐り、自分が人を傷付けていることに気が付いていますか?
逆に、かつていい思いをした、儲かった、他人より勝った…、それによりもう一度その快感を味わいたい、「あの時は良かった」自分なら必ず成功できるから…夢をもう一度と思う。
その時のことは、大自然によって「させられた」とは思えない。自分の力、能力だと思う。
しかし、時間と共に分限、住位は変化するし、諸行無常で同じような好機は訪れない。
昔から、「柳の下にいつも鰌は居ない」と、教訓されている。
さて、人間の「心」は正直で、心の中にある、心に持っている気持ちは、自分の考え方として表れてくるし、いつの間にか表してしまうのです。
話す言葉、態度、考え方に全てが表れて、隠し通すことは不可能なのです。
だから、心をそっくり入れ替えないと、今までの心では同じことの繰り返しを行うのです。
大自然は言う、「心」とは、自分そのものである。
本人の性格・性質によって、心に喜、怒、哀、楽、愛、悪(にくしみ)の感情を表すからである。
中でも、悪(にくしみ)を許すことが出来なければ、「変わる」ことは出来ない。
怒る、許す、しかしむかつく、また収まる、それでも一度冷静になり、変わろうとする。
こんなことを繰り返す。しかしそれは、単なる自分の「拘り(執着)」であり、自分の心の中で「一人相撲」をしているのと同じである。
一人相撲とは、右手と左手の押し合い、引き合いするのと同じで、一つの脳から出る指令による、両方が自分の力による力比べだから、終わることはない、勝負はつかない。
あなたは、このような愚かな人生で終わるのですか?
それとも、心の「拘り」を捨て、新しい生き方を目指すのですか?
いつも言うが、捨てるか?持ち続けるか?それは自分の心が決めることである。