2025年11月22日(土)「実(権と実)に、辿りつくには?」

人生・幸せ

「実(権と実)に、辿りつくには?」

 

皆に、(大自然が)聞く?
お前たち、『大自然の法則』をどのように考えとる?
そして、なぜ今ここにきて、毎日、『大自然からの説法』が出ているか、一人でも考えた者がいるだろうか?
『法則』を身近に感じる、忘れないため、学んでいくため、そして次の世に伝え、残すためでもある。
しかし最近は、自分自身が困ったときに、「ご神示」をする、「絵姿」を戴く、しばらくして、また困ったら「ご神示」をする、「絵姿」を戴くという、そのような繰り返しをしている者が増えてきている。
それでは、一時しのぎであり、「権」(仮)ばかり追っていることになり「権(仮)の救い」ばかりをしているだけで、本当は救われていない。
「氷山の一角」(権)に隠れている、「実」に辿りつかなくては、真に救われることにはならないのである。
例えば、「家族の和合」をしていく、何か一つ問題があれば「和合ずれ」が直ぐに起きてしまう。
そこで毎日どのように過ごすのか?
毎日どのようなサイコロボール(感情)を、自分は受けて、投げるか?また投げて、さらに受けるか?(ご神示)
一日一日を大切に生きる、そして家族の一人ひとりに「心を配り」をする等しなければならない。
それが「実」の「救われる」ではないか?
一日の何でもない、ごく普通の平凡な平温、仕合わせを得ることが「実」なのである。
当たった!通った!成功した!儲かった!勝った!奇麗になった!…、これらは「権」である。
派手な「権」ばかりを追っていては、人生での「真の救い(魂磨き)」は得られない。
自分にとって「実」とは何か?を考えなくてはならない。
その時、「大自然」の霊「観能」させていただき、観応していただくのではないか?
だから、時々の観応(ご神示、絵姿)では難しいのである。
自分自身の「心磨き」を忘れては、「家族の和合」は難しいのではないか?

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