「絵姿」を戴くには、決まりがある?
あなたは、家族と話をする時、また職場の人と仕事の話しをする時、学校の仲間などに相談する時など、相手に分かるように、自分の気持ちが伝わるように話しが出来ていますか?
そして、自分が話した事、伝えたい事が、相手に間違いなく分かってもらっているか確認していますか?
また逆に、家族との連絡ごと、そして職場で仕事の話、学校仲間での約束など、忘れないように実行していますか?忘れることはありませんか?
会話とは、相手に分ってもらえるように話す、相手の話を理解するように聞く、それで会話が成り立つのではないでしょうか?
また、相手との約束を実行するから人間関係が成り立つ。
それは「大自然」が出座される「法座
の時も同じではないか?
大自然は言う、例えば、「和衆で絵姿を戴くとき、自分の気持ち、内容を隠していないか?」
「大自然にお伺いする内容を、和衆の中で、皆に分かってもらえているか?
自分が半分隠せば、半分しか和衆に分からず、大自然からも答えは頂けない。
真実を「吐き出す」ことをしなければ、「大自然」から、正しい答えは戴けないことを分かっていますか?(ただし物事、事情による)
そして、絵姿を戴く時は、あらかじめお伺いする内容をよく練って、心に決めて、目的を持って、お尋ねしていますか?
自分の気持ちが、定まっていないままでお尋ね(お伺い)するから、実践が出来ないのではないですか?
絵姿は、吉か凶かの占いやもの当てではない。
また、もらっただけで結果が改善し、善くなるお呪(まじな)いではない。
善くなるのは、絵姿(ご指示)を正しく理解し、自分が正しく実行するからだ。
絵姿を実行しないのは「わざわざ無駄なことを、しているのではないか?
(時間泥棒である:貴重な時間を費やす)
形而上学では、どのようなことでも「大自然」に、直接お伺いすることはた易いが、実践することが「大自然」との約束である。
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