「話すとは、相手に伝わること?」
あなたは、自分の気持ちを他人が分かるように、分かってもらえるように、日頃から話しが出来ていますか?
自分では、「相手に伝わっている」「分かってもらっている」と思っているだけではありませんか?
例えば、「今夜、友人と会うから、家に帰る時間が遅くなる」と、親や妻に(夫に)、家族に言って出かけたとする。
しかし、家に帰ると、晩御飯の用意がされている。
それを見たあなたは、「遅くなると言ったのだから、晩御飯は要るか?要らないか?分かるでしょう!」と家族に言ってしまう。
あなたは「帰りが遅くなる
と言ったから「食事は要らない」と分かってもらえていると思っている。(自我、自計)
しかし、家族は「要らない」とは言わなかったから、親切で食事を用意している。
家族は「また、いつもの勝手気ままが始まった…」と、いい迷惑である。
当然、双方が嫌な気持ちになる。よくある和合ずれだ。
考えてみると、結果として、もう一言「家で食べない
と、言えなかった自分に原因があり、和合ずれの原因を作っている。
このように、ちょっとした言葉足らず、互いの思い違いによって、相手を怒らせる、嫌な思いさせてしまうことが、往々にして起ってしまうのである。
「大自然」は言う、あなたは、いつも相手に分かってもらえるように、伝わるように話せていますか?
余分なことは話すが、肝心なところがいつも抜けているので、言葉の行き違い感情の行き違いが起こる、起ってしまうのではないですか?
また、あなたが何か言われ、聞いている側になった時、分からないところ、聞き漏らしがないか等、丁寧に質問していますか?
さらにそこで、観能、観応はどうだったのだろうか?
家を出る時、「嫌な気がした」「何か?不安だった」「何か心残りがした」等、必ず観能があるはず。
それを逃しただけでなく、「これで善いですか?」「出発しますか?」「忘れ物はないですか?」のご神示もしていない。
また友人と会って浮かれていて、「食事を取ってよいのか?」「量は?」、何か気になり「家族に連絡をするか?」等、思わされる観能があるはず。
もちろん家族の方もご神示が出来れば、「食事は用意するのか?」用意するのは当然だが、「量はどれくらいか?」等、ご神示すれば「おかしいな?」と思わされるはずである。
この様に大自然を仲介すれば、和合ずれだけでなく、無駄の排除、能率増進が出来るのである。
ほんのわずかな事から、日常で大きなトラブルが起っていく、どのような話であっても、お互いがお互いの「言っていること」「聞かされたこと」を大切に思うことが必要である。
そして、常に確認(ご神示)し、報告、連絡、相談は忘れないことである。


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